土屋政直

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概要・歴史・観光・見所
土屋政直(八坂神社)

【 概 要 】−土屋政直は寛永18年(1641)、土浦藩4万5千石の藩主土屋数直と水野忠貞の娘との子供として生まれました。延宝7年(1679)、数直の死去に伴い土屋家の家督を継ぎ土浦藩の藩主と奏者番に就任しています。天和2年(1682)に田中藩(現在の静岡県藤枝市)に移封となり、貞享元年(1684)に大坂城代、貞享2年(1685)に京都所司代、貞享4年(1687)に老中に昇進し(最終的には老中首座)、同年に土浦藩(茨城県土浦市)に再び入封し藩庁である土浦城に入っています。出世に合わせて度々加増され最終的には9万5千石に至り、貞享2年(1685)には従四位下に昇叙しています。産業育成も積極的に行い、特に領内で収穫される良質な大豆や小麦を利用した醸造業を保護しています。享保4年(1719)隠居、享保7年(1722)死去、享年82歳、戒名:俊翁耆徳相院。

土屋政直は社寺の保護を行い、延宝7年(1679)には愛宕神社の社殿(土浦市指定有形文化財)を造営、貞亨4年(1687)には慶竜寺(泉子育観音)に寺領を寄進し表御門を造営、元禄4年(1691)に龍泉寺を祈願所として選定、元禄13年(1700)には八坂神社の本殿(土浦市指定有形文化財)を造営、大聖寺(茨城県土浦市)の寺領を安堵、慈眼院清滝寺(隠沢観音)を現在地に遷し堂宇(本堂は笠間市指定有形文化財)を造営し寺領10を安堵しています。

土浦城:写真
土浦城(亀城)の裏升形には人気がなかった 土浦城(亀城)裏升形に設けれた裏門 土浦城(亀城)内堀越に見える太鼓櫓門 土浦城(亀城)内堀越に見える西櫓
愛宕神社:写真
愛宕神社:参道から見た拝殿正面と手水舎 愛宕神社:左斜め前方から見た拝殿 愛宕神社:拝殿正面の向拝と重厚な茅葺屋根 愛宕神社:背後から見た本殿
慶竜寺(泉子育観音):写真
慶竜寺境内にある土浦藩主の土屋正直候が寄進した豪勢な山門 慶竜寺の境内に建立されている鐘楼と石造燈篭 慶竜寺境内から見た庫裏 慶竜寺本堂正面、参道沿いに開かれた「菊祭り」
八坂神社:写真
八坂神社参道と両側の大木 八坂神社拝殿正面と石造狛犬と石燈篭 八坂神社社殿全景右斜め前方 八坂神社本殿右斜め前方
大聖寺:写真
大聖寺山門から見た静寂な参道 大聖寺参道と両側の植栽 大聖寺聖域の結界である四脚門 大聖寺庭園と心字池と弁財天
慈眼院清滝寺(隠沢観音):写真
慈眼院清滝寺(隠沢観音):境内正面に設けられた石柱山門 慈眼院清滝寺(隠沢観音):本堂正面と石燈篭 慈眼院清滝寺(隠沢観音):左斜め前方から見た本堂全景 慈眼院清滝寺(隠沢観音):本堂の奉納額と鰐口



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