かすみがうら市(歴史)概要: かすみがうら市の起こりは鎌倉時代地頭だった下河辺政義が志筑城を築き領内を治めたのが始まりとされます。200年に渡り下河辺氏(益戸氏)がかすみがうら市周辺を支配しましたが、室町時代に入り南北朝争乱で敵対した大掾氏に敗れ急速に衰退していきます。江戸時代に入ると慶長7年(1602)本堂氏が8983石から8500石に減封され本堂(秋田県美郷町本堂)から志筑領主となり、志筑陣屋を築き領内を整備、10代本堂親久は2010石加増され1万110石となり大名に列すると改めて志筑藩を立藩しています。
領内には水戸街道が開削され、稲吉宿には本陣を始め17軒もの旅籠が軒を連ね活気を呈しましたが周辺住民の負担も大きく藩も疲弊し一揆が度々起こっています。安永7年(1778)には"助六一揆"が起こり領内25カ村の農民が集結した大一揆となり本堂氏の江戸屋敷へ強訴、首謀者は尽く斬首され水戸街道にさらし首になったそうです。
文化9年(1812)には志筑藩家老横手義忠が義倉の制度を施行し農民救済に勤めましたが幕末にかけて藩財政は困窮しました。
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