笠間市: 唯信寺

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概要・歴史・観光・見所
唯信寺(笠間市)概要: 唯信寺の創建は鎌倉時代の弘長元年(1261)、幕府御家人で常陸守護職の八田四郎知家の三男宍戸義治が親鸞に帰依し唯信の法名を賜り開いたのが始まりと伝えられています。その後、唯信寺は「親鸞聖人二十四輩第二十番に列せられ寺運も隆盛、中世は一族である宍戸氏に帰依され庇護を受けます。江戸時代に入ると歴代宍戸藩(藩庁:宍戸陣屋)の藩主、笠間藩(藩庁:笠間城)の藩主から庇護され寛文7年(1667)に現在地に境内を移しています。幕末には藩主牧野家からの要請で新田開発にも力を入れ、その功績から徳川家御紋の三つ葉葵の使用が許可されました。特に荒廃した集落や田圃を再興させる為、真宗に縁が深い加賀国、能登国、越中国から若くて優秀な人材を集め尽力しましたが、逆に人材を奪われた加賀藩前田家と牧野家が対立し稲田西念寺良介和尚は自害しています。太平洋戦争では戦災を受け多くの堂宇、寺宝、記録など焼失、昭和26年(1951)から10年の歳月をかけ再興しています。境内にあるスダジイは推定樹齢500年、樹高17m、幹周5.5mの古木で昭和57年(1982)に笠間市指定天然記念物に指定されています。寺宝である唯信寺梵鐘銘は文政5年(1822)宍戸藩5代藩主松平頼救が奉納したもので梵鐘銘は横80.5cm、縦34.0cm、表装は横97.5cm、縦134.0cm、平成26年(2014)に笠間市指定有形文化財に指定されています。

唯信寺:写真

唯信寺
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