筑西市: 小栗内外大神宮

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概要・歴史・観光・見所
小栗内外大神宮(筑西市)概要: 小栗内外大神宮の境内は古くから伊勢神宮(三重県伊勢市)の神領として知られ第26代継体天皇の頃に勧請されたの始まりと伝えられ、大同元年(806)には社殿の造営など境内が整備されました。中世は大掾氏の一族で小栗内外大神宮の神官であった小栗氏が国人領主化し境内背後に小栗城を築くと周辺一帯を支配しました。小栗城は度々戦場になり応永30年(1423)当時の城主小栗五郎満重は、関東公方足利持氏と敵対し小栗城は落城し小栗内外大神宮の社殿も兵火を受け焼失しています(小栗氏は三河国に逃れたとも)。慶長9年(1604)にも火災にあって多くの社殿や社宝、記録などが焼失しています。元々は神仏習合し、境内の隣地には大同2年(807)に創建されたと伝わる高台院が別当寺院だったと思われますが、上記の火災、又は、水戸藩の神仏分離政策により、江戸時代初期に近くにある徳聖寺と合併しています(神仏分離政策を推進した水戸光圀の実兄で下館藩主松平頼重の影響があったのかも知れません)。

現在の小栗内外大神宮社殿は延宝7年(1679)に再建し宝暦3年(1753)に現在地に遷座移転したもので内宮本殿は三間社神明造、銅板葺、外宮本殿は三間社神明造、銅板葺、建築年代が明確な三間社神明造の社殿建築は全国的に見ても最古級で、内宮と外宮が並行して配されるなど古式を伝える大変貴重なものとして御門と共に平成21年(2009)に国指定重要文化財に指定されています。御遷殿は両宮より古く天正2年(1574)に建てられた一間社流造、茅葺、正面1間向拝付、室町時代の当地方の神社建築の遺構として大変貴重な事から平成21年(2009)に国指定重要文化財に指定されています。又、毎年4月21日、11月10日の例祭で奉納される小栗内外大神宮太々神楽は寛延4年(1751)山城国愛宕郡三嶋神宮宮司らにより内外大神宮宮司小栗氏に伝授されたと伝わる古式の神楽で現在でも12神楽36座が残され昭和41年(1966)に茨城県指定無形民俗文化財に指定されています。祭神:天照大神(内宮)、豊受大神(外宮)。

小栗内外大神宮の文化財
・ 内宮・外宮−延宝7年・三間社神明造−国指定重要文化財
・ 御遷殿−天正2年・一間社流造−国指定重要文化財
・ 小栗内外大神宮太々神楽-宝暦元年-茨城県無形民俗文化財

小栗内外大神宮:写真

小栗内外大神宮
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