青蓮寺(常陸太田市)概要: 皇跡山青蓮寺は茨城県常陸太田市東連地町に境内を構えている浄土真宗本願寺派の寺院です。青蓮寺の創建は鎌倉時代の建保6年(1218)、親鸞聖人の法弟性証房が親鸞と共に天武天皇の門跡に開山したのが始まりと伝えられています。
青蓮寺の前身である太子堂は天智天皇9年(670)に大海人皇人(後の天武天皇)が訪れ天智天皇11年(672)まで約3年間過ごした場所とされ、大海人皇人が都に戻ると聖地として仏像と上宮太子像を安置され信仰の対象となりました。
その後、周観上人(後鳥羽院皇子)が天台宗の寺院である王跡山極楽院瑞巌寺を開山、さらに時代が下がり、武士の家柄だった畠山重秀が出家して栂尾明恵上人の弟子となり、巡錫で太子堂を訪れた際、霊夢の御告げにより親鸞聖人と出会い浄土真宗の寺院として改めて開山しています。
本尊の木造阿弥陀如来立像は鎌倉時代に制作されたもので像高53p、光背102p、春月作、昭和46年(1971)に茨城県指定重要文化財に指定されています。青蓮寺境内は古びれた石畳や巨木に囲まれ、江戸時代中期に再建された寄棟、瓦葺、平入の本堂が歴史を感じさせ、蟇股に彫り込まれた菊の御門が天智天皇の旧跡を示しているようです。親鸞聖人二十四輩第八番寺として信仰を集め、寺宝には親鸞聖人絵像や性証上人木像などを所有しています。
又、江戸時代に臼杵藩(大分県臼杵市)の領民である川野初衛門が浄土真宗の信者だった事から親鸞縁の地を訪ね歩いた際、重病に罹り青蓮寺で長い間床に伏せっていると、郷里に残された2人の娘(姉:都由・妹:登岐)が父親を捜して数か月後に青蓮寺まで辿り着いたという実話があり、豊後国二孝女関係資料(17点)が平成22年(2010)に常陸太田市指定文化財に指定されています。
親鸞聖人二十四輩第八番寺。山号:皇跡山。宗派:浄土真宗本願寺派。本尊:阿弥陀如来。
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【 参考:文献等 】
・ 現地案内板-常陸太田市教育委員会
・ 現地案内板
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