結城藩

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結城藩・歴史・観光・見所
結城藩概要: 結城領は古くから関東8大名(関東八屋形)の1家に数えられた名門結城氏が支配しました。天正19年(1591)、徳川家康の次男で豊臣秀吉に養子に入っていた秀康が結城家を5万石(後10万石)で相続しました。慶長5年(1600)、関が原の合戦の折秀康は小山から引き返した徳川軍の後詰めを担当し上杉家を牽制し続けた功で越前北ノ庄に68万石で転封、結城藩は廃藩となります。その後、天領となり元禄13年(1700)に水野勝長が1万8千石で入封し改めて結城藩を立藩します。水野家は11代まで藩主を世襲し明治維新を迎えています。戊辰戦争の際は10代藩主勝知と11代藩主勝進が幕府側と新政府側とに分かれ激しく対立し双方が結城城の争奪戦を繰り広げています。
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結城藩歴代藩主
 藩主名藩主年間石高備考
初代結城秀康1590〜160110万石 
初代水野勝長1700〜17031.8万石 
2代水野勝政1703〜17361.8万石 
3代水野勝庸1736〜17491.8万石 
4代水野勝前1749〜17631.8万石 
5代水野勝起1763〜17831.8万石 
6代水野勝剛1783〜18001.8万石 
7代水野勝愛1800〜18351.8万石 
8代水野勝進1835〜18591.8万石 
9代水野勝任1859〜18621.8万石 
10代水野勝知1862〜18691.8万石 
11代水野勝寛1868〜18711.8万石 

結城藩
結城藩:城下町
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結城藩城下町:名所・旧跡
藩主菩提寺
孝顕寺:結城市
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藩主位牌所
乗国寺:結城市
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藩主崇敬社
健田須賀神社:結城市
健田須賀神社
藩主崇敬社
住吉神社
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