稲敷市: 神宮寺

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概要・歴史・観光・見所
神宮寺(稲敷市)概要: 補陀落山蓮華院神宮寺は茨城県稲敷市神宮寺に境内を構えている天台宗の寺院です。神宮寺の創建は大同元年(806)満願上人が開山したと伝わる古寺で高田神社の別当として寺運が隆盛しました。江戸時代に入ると幕府から庇護され90余石の寺領が安堵され最盛期には末寺7ヵ寺を数えるまでになりました。明治時代初頭に発令された神仏分離令により神式が排され、寺院として独立しています。

神宮寺境内正面には鎌倉時代に湛慶が彫り込んだと伝わる仁王像が安置する仁王門(入母屋、銅板葺、三間一戸、八脚単層門)を配し、その奥には満願上人が彫り込んだと伝わる十一面観音像を祀る観音堂(寄棟、桟瓦葺、桁行3間、梁間3間、正面1間向拝付)があります。寺宝には室町時代末期作の厨子(唐様、入母屋、本瓦型板葺、二重千段垂木、総高129cm、桁行55cm、梁間36.6cm)や平安時代末期作の聖観音菩薩立像(カヤ材、寄木造、彫眼、像高152.8cm)がありそれぞれ茨城県指定重要文化財に指定されています。

神宮寺が管理する十三塚は延元3年(1338)に南朝方の有力武将である北畠親房が神宮寺城に入った際、これを支援した地域の有力者14名(13名?)の供養の為に築かれたものです。北畠親房や地元の有力者立の奮戦も空しく、佐竹義篤を中心とする北朝方の足利軍の攻勢は激しく10日間程で神宮寺城は落城、親房は阿波崎城、小田城と拠点を変えながら抵抗を付けましたが、地元の有力者達は捕縛され厳しい粛清を受け、後年哀れと感じた住民達が塚を築いたそうです。十三塚は貴重な事から平成6年(1994)に稲敷市指定史跡に指定されています。

神宮寺のその他の寺宝として北条政子が寄進したと伝わる阿弥陀如来像、薬師如来像や平安時代中期作の聖観音像などを所有しています。山号:補陀落山。院号:蓮華院。宗派:天台宗。本尊:十一面観世音菩薩。

神宮寺:写真

神宮寺
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