五角堂(つくば市)概要: 五角堂は江戸時代後期に建てられた建物で、竣工年は不詳ですが内部に設置された和時計の部品の製作年号から文政5年(1822)頃に竣工したと推定されています(文政年間:1804〜1829年に書かれた山口坎山の日記に五角堂が記載されている事からそれ以前とも)。平面は一辺約4.6m、建築面積約33u(約10坪)の五角形で高さ6m、屋根は5本の梁が交差させその中心部に束を立て尖塔状にした独特な構造で茅葺となっています。外壁は真壁造りの土壁鏝仕上げで入口が2ヵ所、窓は無く、釘を一本も使用せず特異な組み方をしている為、ある一本の差し木を抜くと全部が解体できるそうです。内部は土間で米搗き機が置かれていました。
伝承によると五角堂の他に2階建の時計堂があり、2階に設置した和時計により定刻になると太鼓や笛、鐘などが鳴る仕掛けだったとされ、時計堂が解体された際、和時計の部品が五角堂に移されたと伝えられています。この一風変わった建物は谷田部村の名主である飯塚伊賀七が設計したもので、伊賀七は建物だけでなく、からくり人形(今で言うロボット)や飛行機、和時計なども設計した一種の科学者でした。蘭学・和算・暦学などにも通じ、農村からこのような人物を輩出したことで後の世まで「からくり伊賀」と呼ばれていたそうです。「五角堂と和時計」は江戸時代後期の御堂建築の遺構として貴重な事から昭和33年(1958)に茨城県指定史跡に指定されています。
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