旧取手宿本陣

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概要・歴史・観光・見所
旧取手宿本陣(染野家住宅)概要: 旧取手宿本陣染野家住宅は茨城県取手市取手に位置している古民家です。旧取手宿本陣染野家は代々取手宿の名主を務めた家柄で江戸時代中期の貞享4年(1687)に水戸徳川家から本陣に指定されました。取手宿は水戸徳川家の参勤交代(※ 水戸徳川家は定府大名の為、基本的には参勤交代は数回程度しかありませんでした。)で使用する水戸街道の宿場の1つで、本陣では藩主をはじめ上級武士が休息や宿泊に利用しました。天保5年(1834)4月に9代藩主徳川斉昭が取手宿本陣で休息に利用した際には壁紙として貼られていた龍の絵(文谷筆)に「山姫の 衣やさらす 春過て 夏きてそ見る しろ妙の (龍)」の和歌を書き、天保11年(1840)1月も取手宿本陣で宿泊し、道中で詠んだ和歌を上段の間の袋戸に貼り付けた逸話が残されています。染野家住宅では建物の規模だけでなく式台付きの玄関や入母屋破風の屋根、座敷の床の間など格式の高い様式が随所に見られ、明治11年(1878)には染野家が五等郵便取扱役となった為、土間部分が簡易郵便局として利用され郵便窓口跡が残されています。

現在の旧取手宿本陣主屋は寛政6年(1794)の火災で焼失後の翌年である寛政7年(1795)に再建されたもので木造平屋建、寄棟、茅葺、桁行20m、梁間15m、建築面積337.645u。内部は向って左4分1が土間でそれに接する列には「ひろま」、「ちゃのま」、中央に「なかのま」、「なかなんど」、「なんど」、右端の列には「三の間」、「ニの間」、「上段の間」、敷地奥には奥座敷が配されています。上段の間は床が約20cm程高く、床の間、違い棚、平書院が備え付けられ大名など身分が高い人物が利用したと思われます。敷地内には文化2年(1805)に再建された表門(切妻、桟瓦葺、薬医門)や18世紀末から19世紀初期に建てられた土蔵(土造2階建、切妻、桟瓦葺、桁行9.1m、梁間4.5m)、九代藩主徳川斉昭が詠み江戸藩邸から届けられた歌碑があり「さしてゆく棹のとりでの渡し守思う方へととく着きにけり」と刻まれています。旧取手宿本陣(染野家住宅)は水戸街道に残された数少ない本陣建築の遺構として貴重な事から昭和62年(1987)に敷地全体が取手市指定史跡(2393.65u)、平成8年(1996)に主屋と土蔵が茨城県指定重要文化財に指定されています。又、水戸街道の宿場町には中貫宿の本陣である本橋家住宅(土浦市指定文化財)と稲吉宿の本陣である坂本家住宅(かすみがうら市指定文化財)が残されています。

旧取手宿本陣:主屋・表門・写真

旧取手宿本陣
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