冨岡家住宅(土浦市)概要: 冨岡家住宅は茨城県土浦市白鳥町に位置する古民家です。 冨岡家は長く当地の支配した小田家(小田城の城主)の重臣だった家柄でしたが、天正18年(1590)の小田原の陣で小田氏は豊臣秀吉に謁見出来なかった事で事実上没落(結城秀康の客分として越後に下向)します。冨岡家は小田氏に随行せず帰農し、代々当地の庄屋等の上役を歴任しています。現在の建物は元禄末(18世紀初頭)に建てられたと推定されるもので、寄棟、茅葺、平入、桁行9.5間(18.1メートル)、梁間9.7間(18.4メートル)、77.5坪(283.6平方メートル)、外壁は真壁造、白漆喰仕上げ、腰壁は下見板張縦押縁押さえ、玄関屋根は唐破風で懸魚の彫刻、式台付き玄関など格式が高く、屋根の高さも通常の農家建築より遥かに高く設定されています。藩主が当地区に巡視で訪れた際は休息所として利用されていた事から本陣に準じる格式があったと思われます。冨岡家住宅は江戸時代中期の庄屋建築の遺構として貴重な事から昭和49年(1974)に茨城県指定有形文化財に指定されています。
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