得月院(牛久市)概要: 得月院は茨城県牛久市城中町に境内を構えている曹洞宗の寺院です。 天正18年(1590)に行われた小田原の役の際、由良国繁と弟の長尾顕長が小田原城で軟禁され為、形式的に北条方となった由良家は改易となりましたが、由良国繁の生母である妙印尼が残った一族郎党を率いて豊臣方に与し功を挙げた為、妙印尼に対して牛久領5千4百石が与えられ、それを国繁が受継ぐ事で由良家の存続を許されました。天正19(1591)、妙印尼が牛久城の一角に隠居所を設け法名である「得月院殿月海妙印大姉」に因み得月庵と名付け余生を暮しました。文禄3年(1594)11月6日に死去、享年81歳、波瀾に満ちた人生でした。慶長元年(1596)、改めて大拙斎芸が招かれ曹洞宗の寺院として整備され稲荷山得月院として開山しました(創建年については諸説有)。
現在の得月院本堂は大正2年(1913)の火災で焼失後の大正11年(1922)に再建されたもので寄棟、鉄板葺、平入、桁行8間、正面1間向拝付、正面には小川芋銭が奉納した扁額「得月禅院」が掲げられています。得月院の境内には妙印尼の墓碑である五輪塔(高さ116.5cm)が残され貴重な事から昭和58年(1983)に牛久市指定有形文化財(工芸品)に指定されています。
境内に生える「榧」は推定樹齢450〜500年、幹周り500p、樹高20m、小川芋銭の「樹下石人談」のモチーフにもなった名木で貴重な事から昭和58年(1983)に牛久市指定天然記念物に指定されています。
得月院寺宝である閻魔大王と奪衣婆坐像(像高約1m)は、宝永4年(1707)に大崎三兵衛から寄進されたもので貴重な事から平成20年(2008)に牛久指定有形文化財(彫刻)に指定されています。又、得月院境内は牛久城内にあった為、土塁などの城郭の遺構も散見出来、近代日本画の巨匠小川芋銭の墓碑もあります。山号:稲荷山。宗派:曹洞宗。
【 参考:文献等 】
・ 現地案内板-牛久市教育委員会
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