守谷市: 海禅寺

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概要・歴史・観光・見所

海禅寺(守谷市)概要: 大雄山海禅寺は茨城県守谷市高野に境内を構えている臨済宗妙心寺派の寺院です。海禅寺の創建は江戸時代初期の寛文年間(1661〜1672年)、守谷領主になった堀田正俊が寄進した海禅寺縁起に詳細に書かれています。

それによると平安時代の延長8年(930)に平将門が京都から相馬御厨の下司に任ぜられ、承平元年(931)に父親の菩提を弔う為、高野山金剛峰寺を模した海禅寺を建立したとあります。その後、将門は俗に言う"平将門の乱"を起こし常陸国香を討ち取り、関八州を手に入れました。

中世は周辺を支配した相馬氏(将門の5代後胤国が相馬氏を名乗ったと言われています。)の菩提寺として寺運も隆盛しますが戦国時代末期、後北条氏に与した相馬氏は血脈は保ったものの衰退していきます。江戸時代に入ると新たに領主になった堀田氏によって再興されています。

海禅寺本尊の地蔵菩薩像は奈良時代の名僧として知られる行基菩薩が彫り込み、将門の娘である如蔵尼の持仏だったとされ、境内には将門と7人の影武者の供養塔があります。海禅寺本堂には将門の位牌の他、歴代相馬氏の位牌があり一族で相馬中村藩主(福島県相馬市)となった相馬氏が度々参拝に訪れたそうです。山号:大雄山。宗派:臨済宗妙心寺派。本尊:地蔵菩薩。

【 参考:文献等 】
・ 現地案内板-守谷市教育委員会

海禅寺:写真

海禅寺:参道に設けられた石造寺号標
参道に設けられた石造寺号標
海禅寺:参道石段から見上げた石柱山門
参道石段から見上げた石柱山門
海禅寺:境内から見た本堂正面と植栽
境内から見た本堂正面と植栽
海禅寺:右斜め前方から見た本堂と石塔
右斜め前方から見た本堂と石塔
海禅寺:境内に設けられた鐘楼と梵鐘と石碑
境内に設けられた鐘楼と梵鐘と石碑


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