行方市: 西蓮寺

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西蓮寺
西蓮寺
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西蓮寺 西蓮寺 西蓮寺 西蓮寺
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概要・観光・歴史・見所
西蓮寺(行方市)概要: 西蓮寺の創建は奈良時代末期の延暦元年(782)、桓武天皇(第50代天皇・在位:天応元年781年〜延暦25年806年)の勅命により伝教大師最澄の高弟である最仙上人が開山したのが始まりと伝えられています。最仙上人は常陸国関城出身の天台宗の高僧で、中国に渡航して修行を重ね常陸の講師として帰郷、常陸国(現在の茨城県)で天台宗の布教に尽力しています。西蓮寺は当地方における天台宗の中心的な役割をもった寺院として寺運が隆盛し「常陸の高野山」の異名があり最盛期には末寺30余寺を擁する大寺院に発展しました。鎌倉時代に入ると慶弁阿闍梨(比叡山の無動寺の僧)が中興し七堂伽藍を整備、忠尋大僧正(曼殊院門跡)も中央の乱を逃れ当寺を訪れ曼殊院の扁額を掲げています。明応8年(1499)、西蓮寺は兵火で堂宇、寺宝、記録など多くが焼失しますがその後再建され、江戸時代には幕府から庇護を受け朱印状を賜っています。明治16年(1883)にも火災にあい仁王門や相輪とうなどは焼け残りましたが多くの被害を受けています。宗派:天台宗。本尊:薬師如来。関東百八地蔵霊場第65番札所、関東九十一薬師霊場第78番札所、常陸七福神(寿老人)。

現在の西蓮寺仁王門は天文12年(1543)に建てられた楼門を寛政年間(1789〜1801年)に改修し単層にしたもので、さらに安政7年(1860)に西蓮寺の山門として移築されてきました。現在は三間一戸、八脚単層門、寄棟、銅板葺、両側に仁王像を安置、中世の寺院建築の遺構として貴重な存在で昭和25年(1950)に国指定重要文化財に指定されています。西蓮寺の相輪とうは弘安の役(元寇・弘安4年:1281年)の戦勝を記念して慶弁和尚が浄財を募り弘安10年(1287)に建立されたもので高さ9.16mもあり日本三大相輪とう(比叡山延暦寺・日光輪王寺)の1つに数えられ昭和25年(1950)に国指定重要文化財に指定されています。西蓮寺の本尊の木造薬師如来坐像は室町時代末期に制作されたもので最仙上人自ら彫り込んだ伝わる仏像で一木背刳造、翻波式、像高150p、昭和33年(1962)に茨城県指定重要文化財。境内の大イチョウは最仙上人御手植えと伝わる大木で推定樹齢1000年、2株あり1号株は高さ25m、幹周り6m、明治16年(1833)の火災で墨化し細くなっています。2号株は樹高約27m、幹周約8m、大正6年(1917)の台風により幹部が折れましたがその後木勢は回復し昭和39年(1964)に両株共に茨城県指定天然記念物に指定されています。又、伝統行事である常行三昧会は寛治年間(1087〜1094年)に当地の有力者が比叡山から教えを請い当寺に伝え、毎年9月24日〜30日行われるもので平成13年(2001)に行方市指定無形民俗文化財に指定されています。

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